経験的データは競馬における「お気に入り-大穴バイアス」を説明する上で、選好と認識のどちらを支持するのか?
競馬は、世界中で楽しまれている娯楽であり、その賭け市場は巨額な資金が動く巨大な市場です。経済学の分野では、競馬の賭け市場は「効率的市場仮説」を検証するための格好の題材として、数多くの研究が行われてきました。
特に注目されている現象の一つに、「お気に入り-大穴バイアス(favorite-longshot bias)」があります。これは、人気馬(お気に入り)のオッズが実際のリスクに比べて低く、不人気馬(大穴)のオッズが実際のリスクに比べて高くなるという現象です。言い換えれば、人気馬に賭けても期待リターンは低く、不人気馬に賭けると期待リターンは高くなる傾向があります。
このバイアスは、伝統的な経済学のモデルでは説明が難しく、長年、研究者の間で議論の的となってきました。
このバイアスを説明する主な仮説としては、以下の二つが挙げられます。
- 選好仮説: 賭け手は、リスク愛好的であるため、あるいは大穴が勝った時の高い配当金に魅力を感じるため、不人気馬に過剰に賭ける傾向がある。
- 認識仮説: 賭け手は、人気馬の勝率を過大評価し、不人気馬の勝率を過小評価する傾向があるため、結果として不人気馬のオッズが高くなる。
では、経験的データは、これらの仮説のうち、どちらを支持するのでしょうか?
世界各国および異なる時代の競馬データを用いて、お気に入り-大穴バイアスが広く観察されることを示しています。
米国における競馬の exacta ベット(1位と2位を順番通りに当てる馬券)のデータを分析した結果を示しています。この表では、「選好モデル」と「認識モデル」の適合度を比較しています。結果は、選好モデルの予測値が実際の結果とより一致しており、認識モデルは適合度が低いことが示されています。
quinella ベット(1位と2位を順番通りに当てなくても良い馬券)のデータを分析した結果を示しています。この図では、選好モデルと認識モデルの予測値と、実際の結果を比較しています。ここでも、選好モデルの方が実際の結果をよく説明できることが示唆されています。
これらの結果から、少なくともこれらの研究において分析されたデータに関しては、選好仮説の方が、お気に入り-大穴バイアスをよりよく説明できるということが示唆されます。
しかし、これらの研究は、インサイダー取引 や、賭けのタイミング、賭けの種類による影響の違い など、考慮されていない要素も多数あります。そのため、これらの研究結果をもって、お気に入り-大穴バイアスの最終的な結論とすることはできません。
今後、さらに多くのデータを用い、より精緻な分析を行うことで、お気に入り-大穴バイアスの謎を解明していくことが期待されます。
参考文献
- Snowberg, E., & Wolfers, J. (2008). Examining explanations of a market anomaly Preferences or perceptions. In Handbook of sports and lottery markets (pp. 103-136). Elsevier.
- Snowberg, E., & Wolfers, J. (2010). Explaining the favorite–long shot bias Is it risk-love or misperceptions. Journal of Political Economy, 118(4), 723-746.
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- 芦谷政浩. (2010). 「穴馬への過剰な選好 (longshot bias)」 に関するサーベイ. 国民経済雑誌, 202(2), 13-28.
- Ziemba, W. T. (2008). Efficiency of Racing, Sports, and Lottery Betting Markets. In Handbook of Sports and Lottery Markets (pp. 183-221). Elsevier.