競馬における一戦が、単なるレースを超えて「戴冠式」の意味を帯びることがある。英国ヨーク競馬場で開催されるジャドモントインターナショナルステークスは、まさにそのような一戦である。国際競馬統括機関連盟(IFHA)によって幾度となく「ロンジンワールドベストレース」に選出されてきたこのレースは、世界最高峰の競走馬を格付けする上での究極の舞台として機能してきた 。過去には歴史的名馬フランケルが驚異的なパフォーマンスで欧州G1連勝記録を樹立するなど、数々の伝説がこのヨークの地に刻まれている 。
2025年、この栄誉ある舞台は、三つの異なる強大な物語が交差する決戦の場となる。 一つは、欧州の古馬戦線を牽引するオンブズマン。ロイヤルアスコットのG1を制し、その地位を不動のものにしようとする実績馬である 。
二つ目は、その王者に土をつけた輝かしい才能を持つ3歳馬ドラクロワ。一度はライバルを打ち破ったものの、その戦績には一抹の不安定さも垣間見える、世代の挑戦者だ 。
そして三つ目が、日本から参戦する強力な刺客、ダノンデサイル。日本ダービーとドバイシーマクラシックという二大タイトルを手に、欧州の勢力図を塗り替えんとする国際的な実力馬である 。
本稿は、単なるレース展望に留まらない。世界の主要ブックメーカー15社以上が提示するオッズを徹底的に分解・分析し、その数字の裏に隠された市場の評価、専門家たちの見解の相違、そして真の投資価値を白日の下に晒すことを目的とする。競馬を投資として捉える慧眼なファンのために、国際的な視点からこの世界最高峰の一戦を解き明かしていく。
この一戦の価値を正確に理解するため、まずは基本的な開催概要と、レースが持つ特有の重要性を確認する。
このレースは、英国競馬の夏を彩る一大イベント「イーボーフェスティバル」の初日を飾るメインレースとして、絶大な注目を集める 。さらに、そのグローバルな重要性は、オーストラリア最高峰の中距離戦であるコックスプレートへの優先出走権(”Win and You’re In”)が懸かっていることからも明らかである 。この一戦の勝敗が、南半球の競馬シーンにまで直接的な影響を及ぼすのだ。
8月という開催時期は、欧州競馬カレンダーにおいて極めて重要な意味を持つ。春のクラシック戦線を戦い抜いた3歳世代のトップホースと、古馬中距離路線の頂点に君臨する実力馬たちが、初めて本格的に激突する舞台となるからだ。ダービーやエクリプスステークスを経て成長した3歳馬が、斤量のアドバンテージを武器に古馬の厚い壁に挑むという「世代間闘争」の構図は、このレースの最大の見どころであり、ブックメーカーのオッズを形成する上での最も重要な力学となっている。今年のドラクロワ(3歳)とオンブズマン(4歳)の対決は、まさにこの伝統的な構図を象徴している。
単一の情報源だけでは、この複雑なレースの全体像を掴むことはできない。真のベッティングランドスケープを理解するためには、世界の主要ブックメーカーが提示するオッズを集約し、比較検討することが不可欠である。ここでは、各社のオッズを分かりやすい十進法(デシマル)に統一し、その評価の差異を浮き彫りにする。
なお、ユーザーから提供されたブックメーカーリストにはFanDuel RacingやDK Horseといった米国を拠点とする事業者が含まれているが、これらの事業者は英国のG1レースに対する詳細な事前オッズ(アンティポスト)を提供しないのが一般的である 。したがって、本分析は、このレースの市場を主導する英国、アイルランド、および欧州の主要ブックメーカーのオッズに焦点を当てる。
2025年インターナショナルステークス – 海外主要ブックメーカーオッズ比較表
| 馬名 (Horse Name) | Sky Bet | Paddy Power | Betfair Exchange | William Hill | At The Races (予想) | Racing TV (最高値) | Oddschecker (最高値) | 日本国内予想オッズ |
| オンブズマン | 2.38 | 2.38 | 2.56 | 3.25 | 2.63 | 2.75 | 2.63 | 4.0 |
| ドラクロワ | 7.00 | 7.00 | 6.40 | 2.63 | 3.50 | 3.00 | 7.00 | 2.2 |
| ダノンデサイル | 4.50 | 4.50 | 4.50 | 5.00 | 5.00 | 6.00 | 5.50 | 2.1 |
| ダリズ | 9.00 | 9.00 | 7.40 | 15.00 | 11.00 | 11.00 | 15.00 | 10.5 |
| シーザファイア | 8.00 | 8.00 | 9.00 | 9.00 | 9.00 | 9.00 | 10.00 | 16.3 |
| バーキャッスル | 67.00 | 67.00 | 16.50 | – | 101.00 | 81.00 | 101.00 | 111.6 |
注: オッズは変動する可能性があります。Betfair Exchangeのオッズはユーザー間で取引されるものであり、従来のブックメーカーとは性質が異なります。
この表は、単に数字を並べたものではない。それは、世界中の専門家とベッターたちの集合知を可視化したものであり、以下の戦略的な示唆を与えてくれる。
最も注目すべきは、ダノンデサイルに対する評価の著しい乖離である。海外ブックメーカーが提示する最高のオッズが6.00倍であるのに対し、日本国内の予想オッズは2.1倍と、断然の人気を誇っている。これは単なる差ではなく、評価軸の根本的な違いから生じる「断絶」と言える。
欧州の市場は、プリンスオブウェールズSやエクリプスSといった、直近の欧州トップG1の結果を極めて重く評価する傾向にある。一方で、日本の競馬ファンや専門家は、国内最高峰レースである日本ダービーの価値を熟知しており、その勝ち馬であるダノンデサイルを高く評価する。この認識の違いは、ベッターにとって最大の好機となり得る。もし、日本のレースレベルが欧州のトップクラスに匹敵、あるいはそれ以上だと信じるならば、6.00倍というオッズは破格の「バリューベット」となる。逆に、欧州のG1での直接対決の結果をより重視するならば、ダノンデサイルは評価を割り引くべき対象となるだろう。この一点こそが、このレースにおける最も重要な馬券戦略の分岐点である。
もう一つの興味深い現象は、ドラクロワのオッズに見られる極端なばらつきだ。William Hillが2.63倍の最有力候補と評価する一方で、Sky BetやPaddy Powerは7.00倍という全く異なる評価を下している 。主要な有力馬の一頭でこれほどの価格差が生じるのは異例であり、市場の深い迷いを物語っている。
この背景には、彼の戦績に対する二つの相反する解釈が存在する。2.63倍という評価は、エクリプスSで現役最強古馬オンブズマンを破った事実を最重要視する見方だ。一方で7.00倍という評価、そしてオッズが下降傾向にあるという報告は 、英ダービーでの惨敗を彼の本質と捉え、エクリプスSの勝利は斤量差などの状況が味方した結果に過ぎないと見る懐疑的な見方を反映している。この市場の分裂は、ベッターにとって、ドラクロワに賭ける際にはブックメーカーを慎重に選ぶことが、リターンを最大化する上で絶対不可欠であることを意味している。
無敗馬ダリズの評価もまた、市場の不確実性を示している。ユーザー間で取引されるBetfair Exchangeでは7.40倍という比較的高い評価を受けているのに対し、William Hillは15.00倍という大穴に近いオッズを提示している 。
これは、市場が彼のフランスでの4戦無敗という戦績をどう数値化すべきか、明確な答えを出せていない証拠である。より鋭敏なベッターの意見が反映されやすいエクスチェンジ市場は彼のポテンシャルを高く評価し、一方で固定オッズのブックメーカーはより慎重な姿勢を取っている。もしダリズの秘められた能力が本物であると信じるならば、15.00倍というオッズは、複勝圏内を狙う「イーチウェイ」ベットとして、非常に大きな価値を持つ可能性がある。
バーキャッスルのオッズ自体に馬券的な妙味はない。しかし、彼の存在がオンブズマンの勝利確率に与える影響は計り知れない。ゴスデン陣営が、総額125万ポンドという大レースに、わざわざ追加登録料を支払ってまでペースメーカーを送り込んできたという事実は 、オンブズマンで勝ち切るための盤石な体制を整えてきたという、陣営の強い意志表示に他ならない。この数字には表れない戦術的な要素は、オンブズマンの低いオッズを正当化する一因であり、熟練したベッターが見逃してはならない重要な情報である。
このレースは、歴史的に見て堅い決着が多いことで知られる。過去10年から12年のデータを見ると、人気馬がその信頼に応える確率が非常に高い 。近年でも、Baaeed (2/5F)、Mishriff (9/4F)、City Of Troy (5/4F) といった圧倒的人気を背負った馬たちが順当に勝利を収めている 。2015年にArabian Queenが50倍のオッズで大波乱を巻き起こした例もあるが 、これはあくまで例外であり、基本的には最もクラスの高い馬がその実力を発揮する舞台である。この傾向は、今年のレースにおいても、市場評価の高いオンブズマンとドラクロワの信頼性を後押しする材料となる。
3歳馬と古馬のどちらが有利かという点については、近年、明確な偏りはない。「3歳馬と古馬の勝率は比較的拮抗している」という分析が示すように 、特定の年齢層に有利なレースというわけではない。これは、馬齢という大局的なトレンドに頼るのではなく、あくまで個々の馬の実力、特にドラクロワとオンブズマンの直接対決の結果を重視して予想を組み立てるべきであることを示唆している。
最も注目すべき歴史的データは、「過去12年の勝ち馬のうち11頭が、既にG1レースでの勝利経験があった」という事実である 。これは、インターナショナルステークスが、G1の中でもさらに選りすぐられた超一流馬でなければ通用しない、極めてレベルの高いレースであることを物語っている。
この傾向は、今年の出走馬を評価する上で重要なフィルターとなる。オンブズマン、ドラクロワ、そしてダノンデサイルは、いずれもこの条件をクリアしている。一方で、無敗のキャリアを誇るダリズにとっては、これが最大の壁となる。彼はまだG1未勝利であり、この歴史的なハードルを越えるには、これまでのパフォーマンスを遥かに超える飛躍が求められる 。このデータは、彼の完璧な戦績に潜むリスクを冷静に指摘している。
ここまで、各有力馬の能力分析、グローバルなブックメーカー市場の徹底比較、そして過去の歴史的傾向の検証を行ってきた。その結果、いくつかの重要な戦略的ポイントが浮かび上がってきた。市場はオンブズマンの安定した実力に厚い信頼を寄せている一方で、ドラクロワの評価を巡っては大きな意見の対立が見られる。そして、日本からの挑戦者ダノンデサイルには、内外の評価ギャップから生まれる絶大な投資価値が存在する。歴史は、このレースがG1での実績を持つ真の実力馬に微笑むことを示唆している。
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