2025年サウスオーストラリアンダービー(G1):牝馬フェミナイル、大波乱を呼ぶ劇的勝利

1. サウスオーストラリアンダービー(G1)開催:波乱の決着

アデレード・オータム・レーシングカーニバルのハイライトの一つ、3歳馬による最高峰の戦い、トーマス・ファームズ・サウスオーストラリアンダービー(G1)が、2025年5月3日、南オーストラリア州のアデレードにあるモーフェットヴィル競馬場で開催された 。オーストラリア競馬におけるグループ1(G1)競走は、最高の格付けと賞金を誇り、競走馬の能力と価値を測る上で極めて重要な意味を持つ 。  

このダービーは、芝2500メートルの距離で争われ、3歳馬限定の定量戦(牡馬・せん馬56.5kg、牝馬54.5kg)として施行される 。近年、その重要性を増している背景には、賞金総額の大幅な増額がある。かつて32万5千豪ドルだった賞金は 、近年100万豪ドル(約1億円、1着賞金54万7250豪ドル)へと引き上げられた 。この高額賞金は、オーストラリア国内の有力馬だけでなく、将来の種牡馬・繁殖牝馬としての価値を高めたい陣営にとって大きな魅力となり、レースのレベルと注目度を押し上げている 。  

今年のレースは、単勝19.0倍という伏兵評価だった牝馬フェミナイル(Femminile)が、断然の1番人気(単勝3.4倍)に推されたステイテュアリオ(Statuario)を破るという、まさに波乱の決着となった 。この結果は、2024年に同じく牝馬のココサン(Coco Sun)が勝利したのに続くものであり 、2年連続で牝馬がダービーを制するという興味深い傾向を示した。3歳クラシックシーズンの終盤にあたる5月という施行時期、そして2500メートルという距離における牝馬の2kg斤量アドバンテージ が、この連続勝利に影響している可能性も考えられる。  

2. レース展開と勝負の行方

ゲートが開くと、16頭の精鋭たちが2500メートルの長丁場へと飛び出した。人気を集めたステイテュアリオが好位につける一方、L・ナインドルフ騎手が手綱を取るフェミナイルは、後方寄りのインコースでじっくりと脚を溜める作戦を選択した。これは、ナインドルフ騎手がレース前に描いていたプラン通りであり、「道中はリラックスさせ、レース後半(1200m地点以降)に集中する」という意図があった 。  

道中、ペースが落ち着く場面もあったが、ナインドルフ騎手は慌てることなくフェミナイルを馬群の内側で完璧に折り合わせた。モーフェットヴィル競馬場の直線は約334メートルと比較的短いため 、最終コーナーでいかにロスなく立ち回るかが勝負の鍵を握る。ナインドルフ騎手は、当初マークしていたJ・アレン騎手のステイテュアリオが外に持ち出すのを見ると、迷わずインコースを選択 。最終コーナーで前を行く馬たちが外に広がると、ぽっかりと開いた内側のスペースを突き、直線へ向いた 。  

直線に入ると、フェミナイルは鞍上のゴーサインに応えて鋭く反応。馬場の内埒沿いから力強く抜け出し、残り200メートル付近で先頭に躍り出た 。外からはステイテュアリオが猛然と追い込んできたが、フェミナイルは最後まで集中力を切らさず、これを0.75馬身(3/4馬身)差で振り切ってゴール板を駆け抜けた 。勝ちタイムは2分38秒36 [User Query]。3着には1馬身差でラヴァリエ(Lavalier)が入った 。  

レース後、勝利騎手となったL・ナインドルフは、「またG1を勝てて最高の気分だ。昨年(ロバートサングスターステークスをクライミングスターで制覇)は嬉し泣きしてしまったけど、今年は泣かないよ」と喜びを語りつつ、「道中はとにかく馬をリラックスさせることだけを考えた。直線で進路が開いたときは完璧だと思った。フィリップ・ストークス厩舎と、馬主のOTIレーシングには本当に感謝している」と、冷静なレース運びと関係者への感謝を述べた 。  

一方、管理するフィリップ・ストークス調教師の代理としてインタビューに応じた息子のトミー・ストークスは、「チーム全員の素晴らしい仕事のおかげだ。彼女はこの距離が合うと思っていた。ラッキー(ナインドルフ騎手)の騎乗は完璧だった。OTIレーシングにとっても特別なG1勝利になったはずだ。実は、彼女はこのレースの後、売却される予定だったので、この勝利で彼女の価値は計り知れないほど上がった」と、勝利の意義と牝馬の価値向上について語った 。この勝利は、ナインドルフ騎手の卓越した戦術眼と、フェミナイル自身が持つ潜在能力が最高の形で噛み合った結果と言えるだろう。インコースをロスなく立ち回った騎乗は、モーフェットヴィル競馬場のコース特性を最大限に活かしたものであり、まさに「芸術的」と評するに値する。  

3. 2025年 サウスオーストラリアンダービー(G1) 全着順・結果

レースの全着順と結果は以下の通りである。

馬番馬名騎手斤量(kg)着差(タイム)単勝倍率
15フェミナイル (Femminile)L・ナインドルフ54.52:38.3619.0
2ステイテュアリオ (Statuario)J・アレン56.50.753.4
8ラヴァリエ (Lavalier)J・メルハム56.51.756.5
13シンチラント (Scintillante)B・イーガン56.5クビ31.0
14キャヴィティベイ (Cavity Bay)H・コフィー54.5クビ18.0
1ゴールドラッシュグル (Goldrush Guru)J・ホルダー56.50.7512.0
5セントエミリオン (Saint Emilion)T・パンネル56.5短頭26.0
4アメリカンウルフ (American Wolf)M・ザーラ56.50.756.0
3コンフェティガーデン (Confetti Garden)L・リオルダン56.5ハナ41.0
7ドバイフォーカス (Dubai Focus)D・スタックハウス56.5231.0
12コンプレッシング (Compressing)D・ムーア56.50.7561.0
6スヌーピーナウ (Snoopy Now)J・ポッター56.50.513.0
10ロクテーヴ (Roctave)J・チャイルズ56.5クビ41.0
11ダークンコンフィデンシャル (Darknconfidential)R・ミルネス56.51.5151.0
18グローバルエクリプス (Global Eclipse)B・メルハム56.53.758.5
17キャプテンヒルフィガー (Captain Hilfiger)A・ダーマニン56.59.5201.0

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注記:着差は前の馬からのもの。

単勝19.0倍のフェミナイルが、2着のステイテュアリオ(単勝3.4倍)に0.75馬身差をつけて優勝。3着にはラヴァリエ(単勝6.5倍)が入った。

4. 優勝馬:フェミナイル (Femminile) 詳細

4.1 プロフィールと勝利の背景

栄冠を手にしたフェミナイルは、2021年9月18日生まれの3歳牝馬 。オーストラリアの名門フィリップ・ストークス厩舎に所属し、L・ナインドルフ騎手とのコンビで大舞台を制した 。馬主はOTIレーシングを中心とする共同所有である 。  

彼女の勝利は、単勝19.0倍というオッズが示す通り、多くのファンにとって驚きであった 。ダービー前の戦績は8戦1勝、2着1回と目立つものではなく 、前哨戦とされるG3オーラリアステークス(1800m)では6着 、前年のG1 VRCオークス(2500m)では12着に敗れていた 。このG1勝利は、彼女にとって初の重賞制覇であり、まさにキャリア最高のパフォーマンスを大一番で見せたことになる 。  

鞍上のナインドルフ騎手にとっては、昨年のロバートサングスターステークス(G1)に続く、アデレードカーニバルでの2年連続G1制覇となった 。若手ながら冷静沈着な騎乗ぶりは高く評価されており、今回の勝利でその名をさらに高めた。  

4.2 血統分析:父ダンディール、母父ピエロ

フェミナイルの血統背景は、彼女の勝利が決して偶然だけではなかったことを物語っている。

  • 父:ダンディール (Dundeel) 父ダンディールは、父に凱旋門賞馬などを輩出したハイシャパラル(High Chaparral)、母の父にニュージーランドの伝説的名種牡馬ザビール(Zabeel)を持つ良血馬である 。自身も現役時代にオーストラリアンダービー、ローズヒルギニー、ランドウィックギニーズ、スプリングチャンピオンステークス、アンダーウッドステークス、クイーンエリザベスステークスと、G1を6勝した名馬であり、特に3歳時には圧倒的な強さを見せた 。引退後はアローフィールドスタッドで種牡馬入りし、ミリタライズ(Militarize)、カステルヴェキオ(Castelvecchio)、セレシャルレジェンド(Celestial Legend)、スーパーセス(Super Seth)、そして昨年のSAダービー馬ダンケル(Dunkel)など、数々のG1馬を輩出している 。ダンディール産駒は、父ハイシャパラルと母父ザビールから受け継いだ豊富なスタミナを武器に、クラシックディスタンスで強さを発揮する傾向がある 。フェミナイルの勝利は、ダンディールにとって産駒9頭目のG1ウィナーであり、特筆すべきは、これが産駒初の「牝馬によるG1制覇」であったことだ 。また、昨年のダンケルに続き、産駒によるSAダービー連覇も達成した 。  
  • 母:Femme Fireball 母のFemme Fireballは、後述するピエロ(Pierro)を父に持つ 。現役時代は7勝を挙げ、リステッド競走で入着経験もある実力馬だった 。G3キャメロンハンデキャップを2勝したロック(Rock)の全妹にあたり、フェミナイルはその初仔である 。  
  • 母の父:ピエロ (Pierro) 母の父ピエロは、オーストラリアの名馬ロンロ(Lonhro)の代表産駒であり、自身もゴールデンスリッパーステークス、サイアーズプロデュースステークス、シャンペンステークスの2歳三冠を達成した歴史的な名馬である 。3歳時にもカンタベリーステークス、ジョージライダーステークスとG1を制覇した 。引退後はクールモアスタッドで種牡馬となり、産駒はスプリントからステイヤーまで幅広い距離で活躍し、その万能性が高く評価されている 。また、近年はブルードメアサイアー(母の父)としても注目を集め始めている 。ピエロ自身はデインヒル(Danehill)の血を持たないため 、デインヒルの血を持つ牝馬との配合で成功例が多いが、母系にはミルリーフ(Mill Reef)やサドラーズウェルズ(Sadler’s Wells)、シャーリーハイツ(Shirley Heights)といった欧州のスタミナ血統が豊富に含まれており、産駒に底力を伝える傾向もある 。  

フェミナイルの血統構成は、父ダンディールから受け継いだスタミナと底力に、母父ピエロを通じて注入されたスピードと完成度の高さが融合したものと言える。ダービー前の戦績からは推測しづらかったが、2500メートルという距離は、彼女の血統的なポテンシャルを最大限に引き出す舞台であった可能性が高い。今回の勝利は、不振だった近走を覆し、血統に秘められた能力が最高の形で開花した結果と解釈できるだろう。

4.3 市場価値と戦績

フェミナイルは、イングリス・オーストラリアン・イースター・イヤリングセールにて、フィリップ・ストークス調教師とリック・コノリー・ブラッドストックによって15万豪ドル(約1500万円)で落札された 。ダービー制覇前の獲得賞金は9万995豪ドルであり 、決して順風満帆なキャリアではなかった。  

しかし、このサウスオーストラリアンダービー(G1)制覇という輝かしい勲章により、彼女の市場価値、特に将来の繁殖牝馬としての価値は劇的に高まった。トミー・ストークス氏が言及したように、レース後の売却が予定されていたことを考えると、この勝利は関係者にとって金銭的にも計り知れない価値をもたらしたと言える 。15万豪ドルの投資が、G1タイトルという最高の結果に結びついたことは、OTIレーシングをはじめとする馬主にとって、まさに夢のような成功物語となった 。  

5. 注目馬たちの走り

  • ステイテュアリオ (Statuario): 単勝3.4倍の圧倒的1番人気に支持されたステイテュアリオは、最後まで勝ち馬に食い下がったものの、0.75馬身及ばず2着に敗れた 。J・アレン騎手を背に、道中は好位を進み、直線も力強く伸びたが、インコースから完璧なレース運びを見せたフェミナイルを捉えることはできなかった 。敗れたとはいえ、G1ダービーでの2着は十分に評価できる内容であり、今後の活躍が期待される。ナインドルフ騎手もレース後、「彼(ステイテュアリオ)が迫ってきたときは少し焦った」と、その強さを認めていた 。  
  • ラヴァリエ (Lavalier): 単勝6.5倍の3番人気ラヴァリエは、J・メルハム騎手とのコンビで3着を確保した 。勝ち馬から1.75馬身差と、上位2頭にはやや離されたものの、G1レースで堅実に掲示板を確保し、その能力を示した 。  
  • その他の馬: 4番人気のアメリカンウルフ(American Wolf)は8着 、5番人気のグローバルエクリプス(Global Eclipse)は15着 [User Query]、6番人気のゴールドラッシュグル(Goldrush Guru)は6着に終わるなど 、人気を集めた他の馬たちは期待に応えられなかった。  

ステイテュアリオの惜敗は、フェミナイルの完璧なレース運びと、当日の彼女のパフォーマンスがそれだけ際立っていたことを示している。決してステイテュアリオが力負けしたわけではなく、勝者を称えるべきレースであった。

6. レースの背景と意義

サウスオーストラリアンダービーは、1860年に創設された長い歴史を持つ競走である 。G1に格付けされていることからもわかるように 、オーストラリア競馬において非常に重要なレースと位置づけられている。G1レースでの勝利は、競走馬自身の評価を高めるだけでなく、将来の種牡馬・繁殖牝馬としての価値を決定づける上で極めて重要となる 。フェミナイルの価値が急上昇したのも、このG1タイトル獲得によるものである 。  

このレースは、南オーストラリアジョッキークラブ(SAJC)が主催するアデレード・オータム・レーシングカーニバルの主要レースの一つであり 、モーフェットヴィル競馬場(左回り、1周約2307m、直線334m)を舞台に争われる 。2500メートルという距離設定は、3歳馬にとってスタミナと成長力が問われる真の試練であり、クラシックシーズンの集大成とも言える 。  

オーストラリアのダービー路線においては、春のヴィクトリアダービー(VRCダービー、11月)、秋のオーストラリアンダービー(ATCダービー、4月)に続く形で施行される 。この時期的な位置づけから、春シーズン後半に本格化してきた馬や、東海岸の主要ダービー路線から転戦してくる馬など、多様なバックグラウンドを持つ馬が集まりやすい。100万豪ドルという高額賞金も相まって、単なるローカルG1にとどまらない、全国的な注目を集めるレースとなっている。  

7. 結び

2025年のサウスオーストラリアンダービーは、単勝19.0倍の伏兵フェミナイルが、L・ナインドルフ騎手の完璧なエスコートと、父ダンディール譲りのスタミナ、母父ピエロから受け継いだ資質を開花させ、劇的なG1初制覇を飾るという記憶に残る一戦となった。

この勝利は、馬主であるOTIレーシング、管理するフィリップ・ストークス厩舎、そして若き名手ナインドルフ騎手にとって大きな成功であると同時に、父ダンディールにとっては初のG1牝馬ウィナー誕生という、種牡馬としての新たなマイルストーンとなった 。また、フェミナイル自身にとっては、このG1タイトルにより、競走生活後の繁殖牝馬としての価値が飛躍的に高まることとなった 。  

人気を集めたステイテュアリオは惜しくも2着に敗れたが、その能力は証明済みであり、今後の活躍から目が離せない。波乱の決着となった今年のサウスオーストラリアンダービーは、血統の可能性、騎手の技術、そしてレース展開の綾が織りなすドラマこそが、G1レースの醍醐味であることを改めて教えてくれた。

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