2025年5月15日、英国ヨーク競馬場で開催されたアルバスティエクイワールドドバイダンテステークス(G2)は、競馬界に大きな衝撃を与えました。単勝18倍(日本円換算で19.0倍)という伏兵評価だったプライドオブアラスが、わずかキャリア2戦目にしてこの大一番を制し、一躍エプソムダービー戦線の有力候補に名乗りを上げたのです 。この勝利は、まさに下克上とも言える快挙であり、来るダービーへの期待感を一層高めるものとなりました。
レースは、ダービーへの最終関門として注目を集めていましたが、プライドオブアラスの劇的な勝利により、勢力図は大きく塗り替えられました。この記事では、この歴史的なダンテステークスの詳細、そして新たなスター候補プライドオブアラスの魅力に迫ります。
ダンテステークスとは?歴史と格式、ダービーへの登竜門
ダンテステークスは、英国競馬における最も重要なダービートライアルの一つとして、その名を轟かせています。
創設と名称の由来
このレースは1958年に創設されました 。その名は、1945年のダービーを制した名馬ダンテに由来しています。ダンテはヨークシャーで調教された馬として、20世紀における唯一の北部調教ダービー馬という栄誉を誇ります 。この事実は、レースが単なる前哨戦としてだけでなく、ヨークシャーの競馬史における誇りを象徴する存在であることを示唆しています。レース名自体が、英国競馬の最高峰であるダービーと、地域の栄光を結びつけているのです。
発展と現在の地位
ダンテステークスは、当初1971年の格付けシステム導入時にはグループ3(G3)に格付けされていましたが、その重要性が認められ、1980年にはグループ2(G2)へと昇格しました 。この昇格は、レースが一貫して質の高い出走馬を集め、英国競馬のパターンレースシステムにおいて確固たる地位を築いたことの証左と言えるでしょう。レースは毎年5月にヨーク競馬場のダンテフェスティバル期間中に開催され、距離はダービー本番を見据えた1マイル2ハロン56ヤード(約2063メートル)で施行されます 。
ダービートライアルとしての重要性
ダンテステークスが「ダービーへの登竜門」と称されるのには、明確な理由があります。過去にこのレースを制した馬の中から、実に11頭もの馬がエプソムダービーの栄冠を手にしています 。セントパディ(1960年)、シャーリーハイツ(1978年)、リファレンスポイント(1987年)、エラーブ(1994年)、ベニーザディップ(1997年)、モティヴェーター(2005年)、オーソライズド(2007年)、ゴールデンホーン(2015年)、そして記憶に新しいデザートクラウン(2022年)といった錚々たる名馬たちが、ダンテステークスをステップにダービー馬へと輝きました 。また、2010年にはダンテステークスで2着だったワークフォースがダービーを制するという例もあり 、このレースの上位入線馬がいかにダービー本番で有力であるかを示しています。6月初旬のダービーを目前にした5月という施行時期、そしてダービーと類似した距離設定は、各馬が3歳クラシック戦線での能力を試す上で、まさに「最終テスト」としての役割を果たしているのです 。
2025年ダンテステークス レース展開と結果
3.1 レース概要
2025年のアルバスティエクイワールドドバイダンテステークス(G2)は、5月15日にヨーク競馬場で開催されました 。距離は1マイル2ハロン56ヤード(約2063メートル)、馬場状態はグッドトゥファーム(良)と発表されました 。1着賞金108,997ポンド(総賞金192,200ポンド)を懸け、11頭の精鋭3歳馬が出走しました 。勝ちタイムは2分11秒56でした 。
3.2 波乱のレース展開
レースは、大方の予想を覆す波乱の決着となりました。
プライドオブアラスの鮮烈な走り
ロッサ・ライアン騎手が手綱を取り、ラルフ・ベケット厩舎が管理するプライドオブアラスは、単勝19.0倍という人気薄ながら、素晴らしいパフォーマンスを披露しました 。道中は中団でレースを進めると、直線で馬群を縫うように進路を確保。残り1ハロン地点で力強く抜け出し、2着のダミサスに1馬身1/4差をつけてゴール板を駆け抜けました 。その走りは「洗練され力強い」と評されるほど、鮮やかなものでした 。
本命馬の誤算
一方、単勝1.7倍(7/4)の圧倒的一番人気に支持されていたザライオンインウィンターは、レース序盤で先頭に立つものの、道中でやや行きたがる素振りを見せ 、直線では伸びを欠き6着に敗れました 。管理するエイダン・オブライエン調教師はレース前から「この一戦を叩いて更に良くなる」とコメントしており、騎乗したライアン・ムーア騎手もレース後には前向きな感触を伝えていたとされますが 、この結果はダービー戦線に少なからぬ影響を与えるものとなりました。序盤のペースメイクと気性的な課題、そして本番へ向けてのコンディション調整が、今後のザライオンインウィンターにとって鍵となりそうです。
3.3 着順・結果詳細
2025年ダンテステークスの全着順は以下の通りです。
表1:2025年ダンテステークス 結果
着順 | 馬番 | 馬名 | 騎手 | 斤量 | 着差 | 単勝オッズ |
---|---|---|---|---|---|---|
1着 | 6 | プライドオブアラス | R・ライアン | 128ポンド | ― | 19.0 |
2着 | 2 | ダミサス | K・シューマーク | 128ポンド | 1.25 | 17.0 |
3着 | 11 | ウィンブルドンホークアイ | H・クローチ | 128ポンド | 1.75 | 8.0 |
4着 | 3 | デヴィルズアドヴォケート | B・セイエット | 128ポンド | クビ | 81.0 |
5着 | 5 | ナイトウォーカー | R・ハヴリン | 128ポンド | 短頭 | 17.0 |
6着 | 9 | ザライオンインウィンター | R・ムーア | 128ポンド | 0.5 | 1.7 |
7着 | 10 | タスカンヒルズ | D・イーガン | 128ポンド | クビ | 23.0 |
8着 | 8 | シースカウト | H・デヴィース | 128ポンド | 0.75 | 26.0 |
9着 | 7 | ロイヤルプレイライト | O・マーフィー | 128ポンド | クビ | 13.0 |
10着 | 4 | ミスターリズ | T・マーカンド | 128ポンド | 0.75 | 51.0 |
11着 | 1 | アルパイントレイル | W・ビュイック | 128ポンド | 1.75 | 7.5 |
優勝馬プライドオブアラス徹底解説
4.1 プロフィールと戦績
衝撃の勝利を飾ったプライドオブアラスは、アイルランド産の3歳牡馬(鹿毛)で、2022年2月25日に生を受けました 。馬主はデヴィッド・アイクロイド夫人、管理するのはラルフ・ベケット調教師、そして生産者もデヴィッド・アイクロイド夫妻です 。特筆すべきは、馬主が生産者でもあるという点で、これはアイクロイド夫妻が自身のブリーディングプログラムを通じてこの才能ある馬を育て上げたことを意味します。彼らはプライドオブアラスの母馬であるパーネルズドリームも生産しており 、その血統に対する深い理解と長期的な視点を持った育成が、この勝利に繋がったと言えるでしょう。
ダンテステークス以前のプライドオブアラスの戦績は、わずか1戦のみ。2024年8月8日にサンダウン競馬場で行われた芝8ハロン(約1600メートル)の未勝利戦を、ロッサ・ライアン騎手騎乗で8頭立ての1着(単勝3.2倍の本命)で飾っていました 。未勝利戦を勝ったばかりの馬が、次走でG2の主要トライアルを制するということは、その馬が驚異的なスピードで成長し、類稀な才能を開花させたことを物語っています。単勝19.0倍というオッズが示すように、市場の評価は決して高くありませんでしたが、この勝利は彼の潜在能力の高さと、経験を積むことでの急激な成長力を証明しました。
4.2 関係者コメント
レース後、騎乗したロッサ・ライアン騎手はプライドオブアラスを高く評価しています。「彼には興奮させられるよ、それは確かだ。素晴らしい精神力を持っていて、輝かしい未来が待っている」と語り、その才能と将来性に太鼓判を押しました 。この「素晴らしい精神力」という言葉は非常に重要です。G2という高いクラスのレース、しかもダービートライアルという独特の雰囲気の中で、経験の浅い馬が臆することなく能力を発揮できたのは、この精神的な強さがあったからこそでしょう。ダービー本番のような大舞台では、このメンタルの強さがフィジカルな能力以上に勝敗を左右することもあります。
なお、この勝利は馬主であるヴィミー・アイクロイド夫人(デヴィッド・アイクロイド夫人)にとって、同日のハンブルトンハンデキャップをオールドコックで制したのに続くダブルウィンとなり、記念すべき一日となりました 。
4.3 今後の展望:ダービーへの期待
このダンテステークスでの勝利により、プライドオブアラスのダービーにおける評価は一変しました。レース前には50倍以上の評価だったダービーの単勝オッズは、レース後には一時4倍まで急落し、一躍有力候補の一角と目されるようになりました 。この劇的なオッズの変動は、ダンテステークスがダービーの行方を占う上でいかに重要なレースであるか、そしてプライドオブアラスが見せたパフォーマンスがいかに衝撃的であったかを如実に物語っています。
プライドオブアラスは、2025年6月7日にエプソム競馬場で開催されるベットフレッドダービー(G1)のほか、6月29日のカラ競馬場で行われるドバイデューティーフリーアイリッシュダービー(G1)、そして7月5日のサンダウン競馬場で行われるコーラルエクリプス(G1)にも登録しており、今後の動向から目が離せません 。
プライドオブアラスの血統背景:名馬の血を受け継ぐ新星
プライドオブアラスの父はニューベイ、母はパーネルズドリーム、母の父はオアシスドリームという血統構成です 。
5.1 父:ニューベイ (New Bay)
父のニューベイは英国産の栗毛馬で、2012年生まれ。父デュバウィ、母シナモンベイ(母父ザミンダー)という血統です 。現役時代は11戦5勝。主な勝ち鞍には2015年のフランスダービー(G1、ジョッケクルブ賞)、ギョームドルナノ賞(G2)、ニエル賞(G2)があり、凱旋門賞(G1)でも3着に入るなど、中距離路線で輝かしい成績を収めました 。
種牡馬としても、ベイブリッジ(チャンピオンステークスG1)、サフロンビーチ(サンチャリオットステークスG1、ロートシルト賞G1)、ベイサイドボーイ(クイーンエリザベス2世ステークスG1)といったG1馬を輩出しており、その産駒は父同様に中距離での活躍が目立ちます 。ニューベイの父であるデュバウィは、ドバイミレニアムの産駒で、世界的に成功を収めている大種牡馬であり 、母の父ザミンダーもクラシックホースのザーカヴァなどを出した名種牡馬です 。この血統背景からも、プライドオブアラスが中距離で優れた能力を発揮する遺伝的素地を受け継いでいることが窺えます。
5.2 母:パーネルズドリーム (Parnell’s Dream)
母のパーネルズドリームは英国産の鹿毛馬で、2012年生まれ。父オアシスドリーム、母キティオシェイ(母父サドラーズウェルズ)という血統です 。現役時代の競走成績は10戦2勝、2着1回、3着1回で、ヘイドック競馬場の1マイル3ハロン200ヤード戦とリングフィールド競馬場の1マイル4ハロン戦で勝利を挙げています 。
繁殖牝馬としては、プライドオブアラスの他にも、複数の勝ち上がり馬(スウィートファンタジー、ペイシェントドリームなど)を出すなど、堅実な成績を収めています 。
5.3 母父:オアシスドリーム (Oasis Dream)
母の父であるオアシスドリームは英国産の鹿毛馬で、2000年生まれ。父グリーンデザート、母ホープ(母父ダンシングブレーヴ)という血統です 。現役時代は卓越したスプリンターとして鳴らし、ミドルパークステークス(G1)、ジュライカップ(G1)、ナンソープステークス(G1)を制しました 。
種牡馬としても大成功を収め、ムハーラー、ミッデイ、パワー、ネイティヴトレイルなど多数のG1ホースを送り出しています 。また、ブルードメアサイアー(母父)としても非常に優秀で、産駒にスピードや瞬発力を伝える傾向があります 。プライドオブアラスがダンテステークスで見せた「残り1ハロンでの爆発的な伸び」 は、このオアシスドリームから受け継いだスピード能力の賜物かもしれません。父ニューベイから受け継いだ中距離適性に、母父オアシスドリーム由来のスピードが加わることで、レース終盤での鋭い決め手が生み出されていると考えられます。
5.4 注目の血統構成
プライドオブアラスの血統で特筆すべきは、母パーネルズドリームの母父、すなわちプライドオブアラスの母母父にあたるサドラーズウェルズの存在です 。サドラーズウェルズは、英国・アイルランドで14度もリーディングサイアーに輝いた歴史的な大種牡馬であり、その産駒はダービー、オークス、セントレジャーといったクラシックレースで数々の勝利を収めています 。この偉大な血が母系の比較的近い位置にあることは、プライドオブアラスに底知れぬスタミナとクラシックレースを戦い抜くための強靭な精神力を与えている可能性があります。
デュバウィ(ニューベイの父)に代表される中距離での強さと、オアシスドリーム(母父)がもたらすスピード、そして母系の奥深くに息づくサドラーズウェルズのスタミナと底力。これらの要素が絶妙に組み合わさったプライドオブアラスの血統は、まさにクラシックディスタンスで輝きを放つために配合されたかのようです。
表2:プライドオブアラス 5代血統表
父 | ニューベイ (New Bay) (栗 2012 英) | デュバウィ (Dubawi) (鹿 2002 愛) | Dubai Millennium (鹿 1996 英) | Seeking the Gold |
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Colorado Dancer | ||||
Zomaradah (鹿 1995 英) | Deploy | |||
Jawaher | ||||
シナモンベイ (Cinnamon Bay) (栗 2004 英) | ザミンダー (Zamindar) (鹿 1994 米) | Gone West | ||
Zaizafon | ||||
Trellis Bay (鹿 1996 英) | サドラーズウェルズ (Sadler’s Wells) | |||
Bahamian | ||||
母 | パーネルズドリーム (Parnell’s Dream) (鹿 2012 英) | オアシスドリーム (Oasis Dream) (鹿 2000 英) | グリーンデザート (Green Desert) (鹿 1983 米) | Danzig |
Foreign Courier | ||||
ホープ (Hope) (鹿 1991 愛) | ダンシングブレーヴ (Dancing Brave) | |||
Bahamian | ||||
キティオシェイ (Kitty O’Shea) (鹿 2002 英) | サドラーズウェルズ (Sadler’s Wells) (鹿 1981 米) | Northern Dancer | ||
Fairy Bridge | ||||
Eva Luna (鹿 1992 愛) | Alleged | |||
Media Luna |
まとめ:新たなスターホース誕生の予感
わずかキャリア1戦の経験しかなかったプライドオブアラスが、英国ダービーへの最重要前哨戦の一つであるダンテステークスを制したという事実は、驚きと共に大きな期待を抱かせます。この勝利は、2025年のクラシック戦線に新たな風を吹き込み、ダービーの行方を一層混沌とさせました。
そのレースぶり、そしてニューベイ、オアシスドリーム、サドラーズウェルズといった名馬たちの血を受け継ぐ良血ぶりは、プライドオブアラスが今後さらに大きな舞台で活躍する可能性を十分に示唆しています。関係者のコメントからも、その才能と精神力の高さが窺え、ダービー本番での走りが今から待ち遠しくてなりません。
ダンテステークスは、またしても一頭のスター候補生を発掘しました。プライドオブアラスが次にどのような走りを見せてくれるのか、世界中の競馬ファンの注目が集まります。
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