キーンランド競馬場を舞台に繰り広げられた伝統のG1レース、ブルーグラスステークス。ケンタッキーダービーへの最終切符を賭けた一戦は、バーナムスクエアが驚異的な追い込みを見せ、激戦を制しました。
ケンタッキーダービーへの最終関門:ブルーグラスステークス(G1)概要
アメリカ・ケンタッキー州レキシントンのキーンランド競馬場で開催されるブルーグラスステークス(G1)は、毎年春に行われる3歳馬限定のダート競走です 。距離は1 1/8マイル(約1811メートル)で争われ、「ケンタッキーダービーへの道(Road to the Kentucky Derby)」シリーズにおける最高峰のポイント(1着100ポイント)が付与される最重要プレップレースの一つとして位置づけられています 。
今年のレースは、当初の土曜日開催予定が悪天候のため延期され、異例の火曜日(2025年4月8日)に開催されました 。総賞金125万ドル(約1億8750万円 ※1ドル150円換算)を懸け、7頭の精鋭が出走。レース当日の馬場状態は「Fast(良)」と発表されました 。このレースの結果は、5月第一土曜日にチャーチルダウンズ競馬場で開催される「ラン・フォー・ザ・ローゼズ」ことケンタッキーダービー(G1)の出走馬選定に大きな影響を与えます 。
レース展開と結果:最後方からの一閃、バーナムスクエアが鼻差でV
レースは、ゲートが開くと4番オーウェンオルマイティが好スタートを切りましたが、外から5番イーストアヴェニューが果敢にハナを主張。最初のコーナーを回る頃には後続を3馬身ほど引き離す単騎逃げの態勢を築きました 。イーストアヴェニューは最初の1/4マイル(約400m)を22秒95、半マイル(約800m)を46秒95という速いペースで通過します 。
一方、3番バーナムスクエアはスタートで後手を踏み、道中は最後方からの追走となりました 。先頭のイーストアヴェニューからは10馬身ほど離れた位置でレースを進めます 。
向こう正面から第3コーナーにかけて、イーストアヴェニューが依然としてリードを保つ中、2番手以下はオーウェンオルマイティ、1番リバーテムズなどが追走。そして、最後方にいたバーナムスクエアは、第3コーナー手前から徐々に進出を開始。外々を回りながら、馬群を捌いていきます 。
直線入口では、逃げるイーストアヴェニューにオーウェンオルマイティ、リバーテムズが迫ります。しかし、大外から猛然と脚を伸ばしてきたのがバーナムスクエアでした。鞍上のブライアン・ヘルナンデスJr.騎手に促され、一完歩ごとに前との差を詰め、粘るイーストアヴェニューをゴール寸前で捉えました 。写真判定の結果、バーナムスクエアがハナ差でイーストアヴェニューを差し切り、劇的な勝利を飾りました 。勝ちタイムは1分51秒33でした 。
上位入線馬の詳細
- 優勝:バーナムスクエア(Burnham Square)(#3)
- 関係者: 馬主/生産者はウィザム・サラブレッズLLC(ジャニス・R・ウィザム氏)、管理するのはイアン・ウィルクス調教師 。鞍上はブライアン・ヘルナンデスJr.騎手でした 。ウィルクス師はこの日、G1マディソンステークスもポジターノサンセットで制しており、G1ダブル達成となりました 。ヘルナンデスJr.騎手は今回が初騎乗で、フロリダを拠点とするエドガー・ザヤス騎手からの乗り替わりでした。これは、ケンタッキーの競馬を知り尽くした地元騎手を起用するというウィルクス師の戦略的な判断がうかがえます 。
- レース内容: 最後方追走から直線で大外一気を決め、驚異的な粘り強さでハナ差勝利をもぎ取りました 。前走のG2ファウンテンオブユースステークスでは1番人気ながら4着と期待を裏切りましたが、見事に巻き返しを決めました 。キャリア初期にブリンカーを着用したことが、才能開花の一因となったようです 。なお、同馬はせん馬(去勢された牡馬)であり、種牡馬としての価値がないため、その競走キャリアは純粋にレースでのパフォーマンスと獲得賞金に焦点が当てられます。デビュー戦が高額のメイデンクレーミングレースだったことも、将来の種牡馬価値を考慮する必要がない同馬の特性を反映している可能性があります 。
- 陣営コメント: ウィルクス師は「ファウンテンオブユースの経験から、彼を甘やかしてはいけないと学んだ。今回はダービーポイントが必要だったので、よりハードに調教した。馬自身が私をここまで連れてきてくれた」と語り、「(勝てて)夢のようだ(Pinch me)」と喜びを表現しました 。
- 2着:イーストアヴェニュー(East Avenue)(#5)
- 関係者: 馬主はゴドルフィン 、鞍上はルアン・マチャド騎手 。マチャド騎手は負傷したタイラー・ガファリオン騎手の代打騎乗でした 。
- レース内容: 果敢にハナを奪い、速いペースでレースを引っ張りました。直線でも最後まで粘り強く抵抗しましたが、ゴール寸前でバーナムスクエアに交わされ、わずかハナ差の2着に惜敗しました 。同馬はキーンランド競馬場で行われた昨年のG1ブリーダーズフューチュリティを逃げ切っており、今回は初ブリンカー着用でのレースでした 。最後の直線で手前を替える際にロスがあった可能性も指摘されています 。
- 3着:リバーテムズ(River Thames)(#1)
- 関係者: 鞍上はイラッド・オルティスJr.騎手 。
- レース内容: 道中は先行集団を見る形で3番手を追走。直線で一旦は前との差を詰め、勝ち負けに加わるかと思われましたが、最後は伸びきれず、2着馬から3/4馬身差の3着に終わりました 。前走のファウンテンオブユースステークスでは2着に入っていました 。
- その他: 1番人気に支持されたチャンサーマクパトリック(Chancer McPatrick)(#6)は、見せ場なく6着(同着)に敗れました 。
公式レース結果
馬番 | 馬名 | 騎手 | 斤量 | 着差(馬身) | 単勝倍率 |
---|---|---|---|---|---|
3 | バーナムスクエア | B・ヘルナンデスJr | 123ポンド(55.7キロ) | 1:51.33 | 5.2 |
5 | イーストアヴェニュー | L・マチャド | 123ポンド(55.7キロ) | ハナ | 5.9 |
1 | リバーテムズ | I・オルティスJr | 123ポンド(55.7キロ) | 0.75 | 4.0 |
7 | アドミラルデニス | M・フランコ | 123ポンド(55.7キロ) | 2.25 | 16.8 |
2 | レンダージャッジメント | S・ラッセル | 123ポンド(55.7キロ) | 1 | 30.9 |
4 | オーウェンオルマイティ | J・オルティス | 123ポンド(55.7キロ) | アタマ | 4.6 |
6 | チャンサーマクパトリック | F・プラ | 123ポンド(55.7キロ) | 同着 | 3.5 |
血統分析:バーナムスクエアの血統背景
バーナムスクエアは、父リアムズマップ(Liam’s Map)、母リンダ(Linda)、母の父スキャットダディ(Scat Daddy)という血統構成を持つ鹿毛のせん馬です 。2022年4月9日生まれ 。生産者は馬主でもあるウィザム・サラブレッズLLCで、ケンタッキー州で生産されました 。ウィザム・サラブレッズは母リンダ、祖母ビューティフルノイズも生産・所有しており、バーナムスクエアは同牧場の生産馬として3代目にあたります。これは、オーナーブリーダーとしての長年の投資と忍耐が実を結んだ「自家生産馬の星」としての物語性を加えています 。
- 父:リアムズマップ (Liam’s Map)
- 競走成績: 父アンブライドルズソング(Unbridled’s Song)譲りのスピードを武器に、G1ウッドワードステークス、G1ブリーダーズカップ・ダートマイル(キーンランド競馬場のレコードタイムで優勝)などを制した一流馬です 。通算成績は8戦6勝2着2回と、連対を外しませんでした 。主にマイル路線で活躍しましたが、クラシックサイアーラインの出身です 。
- 種牡馬成績: 父としては、芝中長距離G1を3勝したカーネルリアム(Colonel Liam)や、G1ホープフルステークス(7ハロン)勝ち馬のベイシン(Basin)など、ダート・芝を問わずG1馬を輩出しています 。ただし、産駒全体の平均勝ち距離は7.0ハロン(約1400m)と、マイル前後を得意とする産駒が多い傾向にあります 。
- 近親: 半弟にはケンタッキーダービー2着馬エピセンター(Epicenter)の父であるノットディスタイム(Not This Time)がいます 。母は優秀なスプリンターだったミスマイシースー(Miss Macy Sue)です 。
- 母:リンダ (Linda)
- 競走成績: 芝路線で活躍し、チャーチルダウンズ競馬場のG2ミセスリヴィアステークス(芝1 1/16マイル)を制しました 。獲得賞金は40万ドルを超えています 。バーナムスクエアと同じくイアン・ウィルクス調教師の管理馬でした 。
- 繁殖成績: バーナムスクエアが産駒として初のステークスウィナーです 。これまでの産駒はダートやオールウェザーのスプリント~マイル戦で勝ち星を挙げています 。なお、リンダはバーナムスクエアが活躍する前の2024年1月のキーンランドセールで比較的安価な55,000ドルで売却されており、これは繁殖牝馬の評価がいかに変動しやすいかを示す一例と言えるでしょう 。
- 母の父:スキャットダディ (Scat Daddy)
- 種牡馬成績: 父ヨハネスブルグ(Johannesburg)。米国三冠馬ジャスティファイ(Justify)を筆頭に、世界中のダート・芝で活躍馬を送り出した万能種牡馬として知られています 。
- ブルードメアサイア(母父)成績: 母父としても成功を収めており、その娘たちからはBCスプリント(ダート6ハロン)勝ち馬ウィットモア(Whitmore)からジャパンカップ(芝2400m)2着のカレンブーケドールまで、様々な距離・馬場で活躍するG1馬が出ています。これは、母リンダが自身の競走成績以上にスタミナを伝える可能性を示唆しています 。
- 母系: 母リンダの母ビューティフルノイズ(Beautiful Noise、父サニーズヘイロー)は芝の中長距離で活躍し、G2サンタアナハンデキャップ(芝1 1/8マイル)を勝ち、G1ゲイムリーブリーダーズカップハンデキャップ(芝1 1/8マイル)3着などの実績があります。さらにG2サンタバーバラハンデキャップ(芝1 1/4マイル)でも2着に入っており、母系には確かなスタミナの裏付けがあります 。ビューティフルノイズの半姉リスニング(Listening)はダート中距離G1を2勝しています 。さらに遡ると、母系の3代母父には三冠馬セクレタリアト(Secretariat)の名前も見られます 。
- 血統評価: バーナムスクエアの血統は、父系のスピード(リアムズマップ、アンブライドルズソング)と、母系のスタミナ(スキャットダディ、ビューティフルノイズ、サニーズヘイロー、セクレタリアト)が見事に融合されています。この配合は、ケンタッキーダービーの1 1/4マイル(約2000m)という距離への適性について、興味深い議論を呼び起こします。ブルーグラスステークスでの勝利(1 1/8マイルを差し切り勝ち)はスタミナ面の可能性を示す一方、レース全体の時計が比較的遅かった点は、更なる距離延長への懸念材料ともなり得ます 。
ダービーへの道:ポイント獲得状況と今後の展望
このブルーグラスステークスの勝利により、バーナムスクエアは100ポイントを獲得。それまでの30ポイントと合わせて合計130ポイントとし、ケンタッキーダービーポイントランキングで一気に首位に躍り出ました 。これにより、最大20頭が出走できるケンタッキーダービーへの出走権を確実に手にしました 。
2着のイーストアヴェニューも50ポイントを獲得し、合計60ポイントでランキング13位(当時)となり、ダービー出走が濃厚となりました。陣営もダービーへ向かう意向を示しています 。3着のリバーテムズは25ポイントを獲得し、合計50ポイントでランキング16位(当時)。獲得賞金の差で、こちらもダービー出走の可能性が高い位置につけています 。
ケンタッキーダービーへの最終ステップレースの一つであるブルーグラスステークスは、今年も出走馬たちの運命を大きく左右する結果となりました。特にバーナムスクエアにとっては、ポイント獲得が必須の状況下での見事な勝利であり、一躍ダービーの有力候補へと名乗りを上げました 。
まとめ
伝統のブルーグラスステークスは、バーナムスクエアの劇的な追い込み勝ちという形で幕を閉じました。最後方からのレース運び、そして直線での力強い伸び脚は、観客に強い印象を与えました。この勝利でケンタッキーダービーへの出走権を確定させ、ポイントランキングでもトップに立ったバーナムスクエア。父系のスピードと母系のスタミナを併せ持つ血統背景、そして大一番で見せた勝負根性は、本番での活躍を期待させます。一方で、レースの時計が平凡だった点 や、1 1/4マイルへの距離延長など、克服すべき課題も残されています。イアン・ウィルクス厩舎とウィザム・サラブレッズにとって記念すべき一日となったこの勝利が、5月のチャーチルダウンズでどのような結果に繋がるのか、注目が集まります。
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