ヨーロッパの平地競馬シーズンにおける最初の中距離G1レースとして、フランスのパリロンシャン競馬場で開催されるガネー賞(Prix Ganay)は、常に大きな注目を集めます 。伝統的に、このレースは古馬のトップホースたちが、その年の凱旋門賞(Prix de l’Arc de Triomphe)へと続く道のりの第一歩を踏み出す重要な試金石と見なされてきました 。芝2100mの舞台で、世代を超えたチャンピオン候補たちが激突するこのレースは、シーズンの勢力図を占う上で欠かせない一戦です。
2025年4月27日、パリロンシャン競馬場で行われたガネー賞は、まさにその期待に応えるスリリングな展開となりました 。前年のクラシック戦線を沸かせたスターホース、ソジー(Sosie)が、シーズン初戦ながら見事な勝利を飾り、その実力を改めて証明したのです 。近年、ややレベルの低下が指摘されることもあったガネー賞ですが 、ソジーのような実績馬の参戦は、2025年大会の価値を再び高めるものとなりました。
ガネー賞の歴史は古く、1889年にサブロン賞(Prix des Sablons)として創設されました。当初の施行距離は2000mでした 。第一次世界大戦による中断を経て、1949年にフランスギャロ(France Galop)の発展に貢献したジャン・ド・ガネー氏(Jean de Ganay)を称え、現在のレース名であるガネー賞へと改称されました 。
1970年には施行距離が現在の2100mに変更され 、翌1971年のグループ制導入と同時にG1格付けを獲得しました 。以来、ヨーロッパ競馬シーズンの序盤における重要なマイルストーンとして、数々の名馬がその名を刻んできました。3度の優勝を果たしたシリュスデゼーグル(Cirrus des Aigles)をはじめ、アレフランス(Allez France)、ミルリーフ(Mill Reef)、ディラントーマス(Dylan Thomas)、デュークオブマーマレード(Duke of Marmalade)、ヴァルトガイスト(Waldgeist)、ソットサス(Sottsass)、クラックスマン(Cracksman)、そして近年ではアイルランドから遠征し勝利したステートオブレスト(State Of Rest)などが歴代優勝馬として名を連ねています 。
最多勝記録を持つのは、6勝を挙げたイヴ・サンマルタン騎手と、この2025年のソジーの勝利で記録を8勝に伸ばしたアンドレ・ファーブル調教師です 。開催地は主にパリロンシャン競馬場ですが、改修工事のため2016年と2017年はサンクルー競馬場で 、コロナ禍の影響を受けた2020年はシャンティイ競馬場で開催されました 。
このレースの特徴は、4歳になって古馬戦線に本格参入する前年のクラシック世代と、経験豊富な古馬たちが初めて本格的に対決する場となる点です 。2025年のレースも、4歳馬のソジー、マップオブスターズ(Map of Stars)、ハイヤーリーヴス(Higher Leaves)と、5歳馬のロイヤルライム(Royal Rhyme)、アルリファー(Al Riffa)、オリゾンドレ(Horizon Dore)が顔を合わせ、世代間の力関係を測る上で興味深い一戦となりました 。また、フランス国内だけでなく、イギリスやアイルランドからも有力馬が参戦することが多く、その国際的なレベルの高さもガネー賞の価値を高めています 。
少数精鋭の6頭立てとなった2025年のガネー賞。各馬のプロフィールと前評判は以下の通りでした。
レースは、大方の予想通り、牝馬のハイヤーリーヴスが先手を主張する形で始まりました 。一方、優勝したソジーは、鞍上のマキシム・ギュイヨン騎手に導かれ、道中は後方でじっくりと脚を溜める展開を選択。勝負どころの最終コーナーから直線にかけて、先に仕掛けたのはソジーでした 。
直線に入ると、ソジーは力強く末脚を伸ばし、先頭に躍り出ます。しかし、すぐ外から1番人気のマップオブスターズも猛追。残り1ハロン(約200m)を切ってからは、同じシーザスターズ産駒の2頭による激しい叩き合いとなりました。ゴール前、マップオブスターズの追撃をクビ差(Neck)凌ぎきったところがゴール。ソジーが見事にシーズン初戦をG1勝利で飾りました 。
クビ差の2着には、惜しくもG1初制覇を逃したマップオブスターズ。そこから2馬身離れた3着には、イギリスからの遠征馬ロイヤルライムが入りました 。さらに3/4馬身差の4着にアルリファー、クビ差の5着にオリゾンドレ、最後にペースを作ったハイヤーリーヴスが2馬身半差の6着という結果でした 。
シーズン初戦、しかも前哨戦を快勝してきた有力馬マップオブスターズを直接対決で下したこの勝利は、ソジーが持つ非凡な能力と、3歳時から4歳時にかけての成長を強く印象付けるものでした 。わずかクビ差という着差は、上位2頭の実力が拮抗していることを示しており、今後のヨーロッパ中距離戦線での再戦を期待させるに十分な内容でした 。
| 着順 | 馬番 | 馬名 (日) | 性齢 | 斤量 (kg) | 騎手 | 調教師 (国) | 着差 | 単勝倍率 (User) | SP (Official) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 5 | ソジー | 牡4 | 58.0 | M. ギュイヨン | A. ファーブル (仏) | 4.2 | 5/2 (or 3/1) | |
| 2 | 4 | マップオブスターズ | 牡4 | 58.0 | M. バルザローナ | F. グラファール (仏) | クビ (Neck) | 2.2 | 6/5 F |
| 3 | 1 | ロイヤルライム | 牡5 | 58.0 | C. リー | K. バーク (英) | 2 | 11.0 | 9/1 |
| 4 | 2 | アルリファー | 牡5 | 58.0 | D. マクモナグル | J. オブライエン (愛) | 3/4 | 5.3 | 11/2 |
| 5 | 3 | オリゾンドレ | セ5 | 58.0 | C. デムーロ | P. コティエ (仏) | クビ (Neck) | 7.8 | 10/1 |
| 6 | 6 | ハイヤーリーヴス | 牝4 | 56.5 | A. プーシャン | H. デブロムヘッド (愛) | 2 1/2 | 12.0 | 18/1 |
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(出典: User Data) (注: 単勝倍率はユーザー提供データ、SPは海外ブックメーカーオッズまたは確定オッズ。斤量58kgは約9st 2lbs、56.5kgは約8st 12lbs)
2025年のガネー賞を制したソジーは、アイルランドで2021年3月30日に生まれた鹿毛の牡馬です 。生産者であり馬主でもあるのは、フランス競馬界の名門、ヴェルテメール兄弟(Wertheimer & Frere)。そして、彼を管理するのは、フランス競馬の至宝であり、この勝利でガネー賞最多勝記録を8勝に更新したアンドレ・ファーブル調教師です 。主戦騎手は、フランスを代表するトップジョッキーの一人、マキシム・ギュイヨン騎手が務めています 。
ガネー賞の勝利により、ソジーの通算成績は8戦5勝(2着1回、3着1回)となりました 。3歳時には、G1パリ大賞典(芝2400m)とG2ニエル賞(芝2400m)を連勝し、その年の凱旋門賞では1番人気に支持されました 。凱旋門賞では重すぎる馬場(Very Soft)が影響したか、直線で伸びきれず4着に敗れましたが 、そのポテンシャルの高さは誰もが認めるところでした。また、クラシックレースであるG1フランスダービー(ジョッケクルブ賞、芝2100m)でも3着に入線しており、世代トップクラスの実績を積み重ねてきました 。ガネー賞前の公式レーティングは118ポンドでした 。
ソジーの血統背景は、まさにエリートと呼ぶにふさわしいものです。
父は、現役時代に凱旋門賞を含むG1レース6連勝という偉業を成し遂げ、種牡馬としても数々のG1ホースを送り出しているシーザスターズ(Sea The Stars) 。シーザスターズは、父ケープクロス(Cape Cross)、母アーバンシー(Urban Sea)という血統で、母アーバンシー自身も凱旋門賞馬であり、歴史的名種牡馬ガリレオ(Galileo)の母としても知られています。
母は、ドイツ産のソシア(Sosia)(2011年生まれの鹿毛)。
そして、母の父(ブルードメアサイアー)は、現役時代にG1を5勝し、種牡馬としても世界中で活躍馬を輩出した**シャマ―ダル(Shamardal)**です 。シャマ―ダルは、父ジャイアンツコーズウェイ(Giant’s Causeway)、母ヘルシンキ(Helsinki)という血統構成です。
ソジーの血統表を見ると、父系(シーザスターズ)はダンジグ(Danzig)系、母父シャマ―ダルはストームキャット(Storm Cat)系と、現代競馬を代表するスピードとパワーを兼ね備えたサイアーラインが見事に融合されています。さらに、4代母父と5代母父にミスタープロスペクター(Mr. Prospector)を持つ4×5のインブリードが見られ、この名種牡馬の影響力を増幅させている点も注目されます 。
母系を遡ると、祖母サヘル(Sahel)の父はドイツの名種牡馬モンズーン(Monsun)、そして曽祖母にあたるサカリナ(Sacarina)は、父に凱旋門賞馬オールドヴィック(Old Vic)を持ち、自身もサムム(Samum)、スキアパレッリ(Schiaparelli)、サルヴェレジーナ(Salve Regina)といったG1馬を輩出したドイツの名繁殖牝馬(ブルーヘン)です 。このドイツ牝系由来のスタミナと底力が、ソジーの卓越した中距離能力を支える重要な要素となっていると考えられます。
ソジーを生産・所有するヴェルテメール家は、シャネルのオーナーとしても知られるフランスの名門オーナーブリーダーであり、長年にわたりアンドレ・ファーブル調教師とのコンビで数々の名馬を世に送り出してきました 。ソジーの活躍は、この偉大なホースマンたちの揺るぎないパートナーシップが生み出した、新たな成功譚と言えるでしょう。
ソジーの勝利は輝かしいものでしたが、敗れたライバルたちもそれぞれの持ち味を発揮し、レースを盛り上げました。
レース後、アンドレ・ファーブル調教師は、ソジーのシーズン初戦での勝利に満足感を示したことでしょう 。マキシム・ギュイヨン騎手も、ソジーの能力を信じ、道中は無理せず末脚を活かす好騎乗を見せました 。この勝利でファーブル調教師はガネー賞8勝目となり、自身の持つ最多勝記録を更新しました 。
注目すべきは、ファーブル調教師がソジーを前哨戦を使わずに、いきなりG1の舞台に送り込んできた点です。過去の同師によるガネー賞勝ち馬の多くがステップレースを使っていたことを考えると 、これはソジーの持つ素質の高さと、それを仕上げる調教師の手腕に対する絶大な信頼の表れと言えるでしょう。
今後のローテーションについて、具体的な言及は少ないものの、過去のコメントやレースの格から、夏の主要G1であるキングジョージVI世&クイーンエリザベスステークス(アスコット競馬場)やサンクルー大賞典(サンクルー競馬場)などが有力な目標として考えられます 。馬場適性に関しては、凱旋門賞での敗因として極端な道悪が挙げられた一方で 、今回のSoft(重)馬場は問題なくこなしており、極端な不良馬場でなければ力を発揮できるタイプと考えられます 。
レース前のコメントでは、アルリファー陣営のジョセフ・オブライエン調教師が、サウジアラビアでの一戦を経て状態が良いことを語っていました 。アナリストたちは、ソジーがその力強さを見せつけ 、マップオブスターズはエキサイティングな存在であり 、アルリファーは前哨戦を使ったことがプラスに働くだろうと分析していました 。
このガネー賞での勝利は、ソジーの評価をさらに高め、ヨーロッパの古馬中距離戦線の主役候補としての地位を確固たるものにしました。今後のG1戦線での活躍が大いに期待されます。
2025年のガネー賞は、シーズン初戦のソジーが、レース巧者ぶりと勝負根性を見せつけ、1番人気マップオブスターズとの叩き合いを制するという、見応えのあるレースとなりました。アンドレ・ファーブル調教師とヴェルテメール兄弟にとっては、また一つ大きなタイトルが加わる結果となり、その揺るぎないコンビネーションの強さを改めて示しました。
惜しくも敗れたマップオブスターズも、G1級の能力があることを証明し、今後の飛躍を期待させる走りを見せました。3着のロイヤルライム、4着のアルリファーらも、それぞれの持ち味を発揮し、レースレベルの高さを物語っています。
ヨーロッパの古馬G1シーズンの幕開けを告げる一戦として、2025年のガネー賞はその役割を十分に果たし、特にソジーとマップオブスターズという4歳世代の質の高さを浮き彫りにしました 。このレースの結果は、夏のサンクルー大賞典やキングジョージ、そして秋の凱旋門賞へと続く中距離路線の行方を占う上で、重要な指標となることは間違いありません。ソジーを中心に、ヨーロッパのトップホースたちが繰り広げるであろう、今後の熱戦から目が離せません。